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■若手3社長座談会
司会 ところで、皆さんはどんな学生時代をお過ごしになったのでしょう? |
田中 結構のんびり過ごしていましたね。学校にはよく来てましたし(「当たり前だ」と笑い)、長期の休みにはよく海外にも行っていました。
学業・部活・人付き合い、それぞれ万遍なくこなす普通の学生だったように思います。
中川 野球部のマネージャーとテニス部の副将と体育会をかけもちしていたんです。朝は始発で他大学に行ってテニスの試合をし、大学に戻って授業を受け、午後の2時半には学バスで朝霞に行き野球部の練習。夕方からは英語学校か料理学校に通い、終電で家に戻るという日々でした。その頃のことを考えると社会に出てからの生活は楽でしたね。
司会 随分ハードな学生生活ですが、今の学生さんは如何でしょうか?
学長 よく言われるのは、昔より平均的に授業にはよく出るということ。出席を取らなくても割に出ますし、ある意味、決められたことはその通りやるというイメージですね。
また、部活は体育会よりサークル系を好むようです。
大石 私は凡庸な学生だったと思います。授業にも部活にも、適度に力を入れていました。少林寺拳法をやっていたのですが、ちょうど同好会から部への昇格話が出た頃で、色色な意見がある中、部への昇格を果たしたことは良い思い出です。でもガツガツとした感じはなかったと思います。その点、今の学生と共通しているかもしれません。ただ、今の学生の方がクールなような気がします。ゼミの方は自主的に研究するまさに「自調自考」のスタイルでした。また、ディズニーランドでアルバイトをしていましたが、経営のシステムといい、エンターテイメントビジネスという未知の分野といい、学ぶことが多かったですね。
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司会 その学生時代のエピソードがありましたらお聞かせ下さい。 |
大石 エピソードという訳ではありませんが、今振り返ると、割と自分の思い通りに過ごせた4年間だったと思います。そのことが社会人になって「自分の思い通りにしたい」という意識を高め、それが会社を作るということに繋がったと思います。企業の歯車の中で出来上がった仕事をするのではなく、自分だったらこうしたいという気持ちを強くしたのでしょうね。
中川 テニス部の女性同士、徹夜で暖房もない朝霞の合宿所で、毛布に足を突っ込みながらとことん激論を交わし、明け方にはみんな気持ちがひとつになったことがありました。そんな経験が社会に出てからも大いに役立ったし、また、試合に出ている時に「セルフコントロールが出来なくては駄目だ」と控えの選手に言われ、最高のコンディションに持っていくよう努力したことも、社会人としての基本として身に付きました。なにせ、猛者ばかりだったので、その時の仲間は今も各第一線で活躍しています。彼女たちと過ごしたこと、上っ面でない付き合いをしたことそれが私にとって大きな財産となりました。
田中 私はフランス文化学科だったので、フランスについて、語学だけでなく文化や演劇や政治、そして第二第三外国語など幅広く学べたことが、(同じ南欧の)イタリアでの滞在がより濃厚になったのだと思います。
それが、物を作る、デザインをしていくという今の仕事に反映していると思います。
大石 私達が学生の時代はほんとに海外志向が強かったですね。今の学生は海外志向がないと聞きますが…
学長 今の学生で、海外に行った経験がないというのは少数派です。要は海外との距離が凄く近くなったのではないかと思います。ただ、留学希望は増えています。
会長 自ら開拓していくという精神が皆さんにはありますが、私達の時代はそこまではなかったように思います。就職にしても、ゼミの先生の推薦で名だたる企業の内定がすぐにもらえたような時代です。
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