■東京都・西東京市 吉川好英さん(44回経営)真冬に頬張る鯛焼き、
|
|||||||||||
◆川崎と横浜で手にした宝物 |
|
何もかもが全く分からないままのスタートだった。どんな小麦粉を使ったらいいのか、餡はどうやって作るのだろうか、その餡になる小豆はどこで買ったらいいのか、どんな小豆を選んだらいいのか。それどころか肝心の「鯛焼き」を作る道具の購入先すら分からないまま、鯛焼きのアンテナを張りながらも、まだイワシの加工品販売の仕事を続けていたときのことだった。あれは今から4〜5年前になるのであろうか、丸井戸塚店でのこと、吉川|さんの隣で販売の店を出していたお姉さん(ホントはおばさん!) からすごい情報をゲットしたのである。「鯛焼き名人のご老人」の話を聞き、その人が住む神奈川県の川崎市に足を運んだ。その「手焼き名人のご老人」から鯛焼きのことをいろいろ教えてもらえると思うと、吉川|さんの胸は弾んだ。 訪ねた川崎で待っていたものは、大きな期待に反して、残念な結果であった。その名人はすでに他界されていて、奥さんもお年を召され、お話が通じず、教わることは不可能だった。しかし吉川さんの失望は、すぐに奇跡の大逆転に変わった。「手焼き名人」を慕って川崎まで来てくれた吉川さんに、名人がお店を閉めるまで愛用していた焼き型を、娘さんから頂戴できることになったのである。吉川さんの熱意に応えてくれた瞬間であった。 物置に眠っていた焼き型は30本ほど、年月も経過していたので使えないほど変形してしまったものも多かったが、感謝の気持ちで胸がいっぱいとなり、お仏壇にお線香を上げ、手を合わせて、形見となった焼き型をそのまま全ていただいてきたのである。 幸い、営業するのにもってこいのバンも横浜市内で見つけることができた。吉川さんにとって、川崎と横浜は「幸運の地」となったので、ある。
|
|
3 |