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■"鉄からバラへの転身" 
  東京都日本橋・染谷日出輝さん(20回経済)

◆バラの染谷さん

18世紀、ブルガリアに半野生のバラが持ち込まれた。 バル力ン山脈からスレドナ・ゴラ山脈の間こ位置する谷は、温暖で乾燥した気候と清らかな水に恵まれた豊かな土壌がパラの栽培に最も適していた。 そのため、バラがこの地に根付き、後年バラの谷と呼ばれるほどの一大生産地になった。

毎年5月下旬から6月上旬にかけて花摘みの最盛期を迎える。 人々があちこちの村から「バラの谷」に集まってくる。 首にはやわらかい朝もやが立ち込め、薄桃色のバラは、朝もやが運んできたおいしい空気の中で目覚める。 「バラの谷」で収穫されるバラは「ダマスクローズ」とよばれ、花は5〜8cmほどで、小さな花びらがたくさんつき、顔を近づけると、意志の強い、輝くような甘さを放ち、香油成分に富んでいる。 朝露に濡れたダマスクローズのバラの花は、みずみずしく清らかな芳香をたっぷりとたくわえ、人々の手で摘まれるのを待っている。日が高くなると、花びらから芳香が蒸発してしまうので、急がなくてはならない。 熟練した人々に摘まれた花びらは集積所から蒸留所にすばやく運ばれる。ダマスクローズオイルバラの花弁を蒸留して得左香料で、4トンのバラの花弁からわずか1kgのローズオイルしかとることができないのである。

ブルガリア民族にとってバラは、伝統的な自然薬として大きな位置を占め、村々の医者や修道院などで幅広く伝統的な治療に用いられていた。一方、香料としての需要は次第に増加していった。 ブルガリアにおいて、バラとその産物の ローズオイルが注目されたのは、第二次大戦後の社会主義時代である。戦後の化粧品産業の成長ととちに、ローズオイルの需要は増大し、ブルガリアの一大輸出品目として、国家の重要産業に指定され保護されていた。


ダマスクローズの谷


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