◆空手道がつくったみかん! |
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大学を卒業して40年の時が経った。肥料会社の経営をしながら踏み切った「みかん作り」に家族総出で挑戦し続けてきた。これができたのも勿論家族の協力があってこそ、と感謝しているという。さらに自分自身が強い気持ちを持ち続けることができたのは、大学時代に空手道部で培った体力と精神力によるところが大きいと語ってくれた。
昭和40年に入学、空手道部に入部した。諸先輩からは教えを受け、後輩にはその技術を伝える4年間であった。昭和43年10月の関東大会で、参加70校中、ベスト9まで勝ち上がったことが一番の思い出で、子どもや孫たちを相手に機会あるごとに話すという。武蔵大学の空手道部には輝かしい歴史が数多くあり、昭和36年の第1回社会人全国大会では石川賢一先輩が個人戦で準優勝をしたこと、同年の関東大会に久保量則先輩と谷岡 宏先輩の二人が初出場したこと、さらに39年には当時大学ナンバーワンの拓殖大学に2勝3敗の善戦をした。41年には全国大会125校中17位までになった。平成18年の内田欣輝先輩の「全国空手道連合会常任理事就任」はその集大成ともいえると、口調が弾んでいた。その空手道部が50年以上存続してきたことを思うと嬉しさが込み上げると力強く語ってくれた。
このバイタリティから、今年も坂田さんが自信を持って薦める「日本一のみかん」が生まれることを確信した。
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